12月15日は地の神様のお祭日です。毎年ご祈祷をされて御札を替えられるかたも多い事と思います。
当宮ではご祈祷をしてお渡しをしております。ご祈祷料は1件3000円となります。

ご祈祷は毎日随時受付ておりますので、午前9時~午後4時半までの間にお申し出ください。
木製屋根のお社も6000円でお出ししております。

202312_10

202312_11202312_12

ご祈祷に来られない方のために郵送でも承っております。
こちらは郵送に配慮して、通常のものと形が少し変わります。
土地の神様のお祀りをしっかり行って、気持ちよく新年を迎えたいものですね。

さて今月の月替わり御朱印のご紹介の前に、12月からお出しする御朱印①「双葉葵兜御朱印」・②「日鳥(ひからす)御朱印」をご紹介いたします。

202312_20

①三方原の合戦後の奇襲の功績により、徳川家康公より賜った武具が当宮宮司家に残っています。
昨年は丸龍の鞍と鐙を展示致しましたが、今年は双葉葵の兜を展示致します。

当宮宮司家が元は京都の賀茂の一族であるため、双葉葵の紋が前立てに施されています。
後述するヤタガラスは賀茂一族の祖先神とも言われます。

昨年徳川家ゆかりの神社三社詣でを行いましたが、来年も第二弾を行います。
今回は五社神社諏訪神社、浜松八幡宮、井伊谷宮で行う、「徳川家とゆかりのもの」を題材とした御朱印三社詣でとなります。

昨年の様な台紙はございませんが、ぜひ三社を巡っていただければと思います。
双葉葵兜御朱印は、来年の三社詣で御朱印となります。

②足が三本と伝わる八咫烏(ヤタガラス※賀茂一族の祖先神)と御祭神宗良親王には、実はこんないわれがございます。

御祭神宗良親王様が遠江白羽湊から井伊谷の地を目指している途上、旧名残村(現在の布橋北周辺)に鎮座する三社神社に差し掛かったところ、村人たちから雑穀を炊いた精一杯の歓待を受けられました。

その際ふいに一羽のカラスが飛び立つのをご覧になった親王様は、かつて神武天皇を救った導きの神八咫烏にたとえられて瑞兆(縁起の良い兆し)であると大変喜ばれたと伝わります。

人々からの心温まるもてなしの最中、おそらくは日を背にするように舞い上がったその姿に、太陽に住むと信じられた「日烏(ひからす)(八咫烏の別称)」の加護を感じ取られたのかもしれません。現在でもこの三社神社のお供えには伝承に則り雑穀が上げられるそうです。

また浜松祭で知られる大凧のデザイン(布橋北)はこの日烏がモチーフにもなっています。
八咫烏は様々御由緒があり、初代神武天皇が山中で迷われた際に道案内をしたということから導きの神様とも言われます。

12月の月替わり御朱印は一陽来復と冬まいりです。

202312_30
・一陽来復
冬に赤い実をつける南天は、「なんてん」を「難転」にかけて、災いを転じる縁起の良い木とされています。「一陽来復」とはよくない事が続いた後には良いことがめぐってくるという意味で、易経に記された言葉です。

・冬まいり/雪華(せっか)
日本の四季の美しさを象徴する「雪」は、冬の景物として古くから親しまれています。江戸時代には、雪の結晶の観察記録を図にまとめた本が発行されていて、当時の人々は自然の造形とは思えないその神秘性に惹かれ、文様として楽しみました。

また12月から三か月ごとの御歌御朱印も変わります。御祭神の短歌が記された御朱印です。

202312_40
・「李花集」冬の歌より
北畠親房公が詠んだ「故郷のよし野のみゆきふみ分けて昔にかへる跡そみえける」
という和歌の記された傍らに、親王様が次の歌を書き添えられました。

「芳野山昔にかへるためしには 今のみゆきの跡をたつねむ」
(吉野山昔に帰る試しには 今の深雪(御幸)の跡を訪ねむ)

“懐かしい吉野山に帰るとしたならば
かつて父帝の過ごされた足跡を辿りたいものだ”

また見開きの刀剣の御朱印の様式が変わり、縦に広げられるようになりました。

202312_51202312_52
これにより、より刀剣を長く大きくご覧いただける様になっております。
帳面に貼るときは、折りたたんだ状態でお貼りいただけます。

12月より来年の縁起物を早期にお出し致します。
年内に先に受けておくことでお正月の混雑を避けることができますし、人気のものが無くなってしまって受けられなかったということも防ぐことができます。

併せて新年祈祷の事前申し込みや郵送祈祷も承っておりますので、様々な初詣のあり方をご検討いただければと思います。

202312_61202312_62

202312_71202312_72